これまで20年、ずっと音楽の仕事に携わってきた。毎日のように届く音源も、資料として移動中にチェックするものと、スピーカーを通して音楽を「聴く」ものとを分けて過ごしてきたが、ここ数年でその視聴形態に大きな変化が生じた。サブスクの登場である。
ざっくりいえば月額制でコンテンツを自由に楽しめるサービスで、現在では買い物やレッスン、飲食店、レンタカーなど様々な場面で導入されている。こと音楽配信に関してはApple MusicとSpotifyなどが有名で、月額数百円の利用料を支払えば数千万曲という膨大な音楽データにアクセスが可能となる。一生かかってもすべて聴ける量ではない。
定番の大名盤はもちろん、これまで入手しづらかったものや、とうに廃盤となったもの、「こんな人がこんなことやっていたのか!」と驚く迷盤まで、そこには多種多様な音世界が広がっている。そんなことだから、音源チェックに再生ボタンを押したものの、関連作品の派生がとめどなく続き、原稿の手が止まることもしばしば。
spotify.com/jp/
<会員登録をすれば、無料で使えるプランも用意されている。曲間に広告が流れ、楽曲のスキップ回数に制限があるものの、無料でも充分に楽しめる。>
何が困るといって、最近ではこれらの音源を高音質で聴けてしまうこと。DAC*という機材を間に通す必要はあるものの、PCからアンプにつなげば、CDと同じ感覚で楽しむことができる。つまり、家に数千万曲のライブラリーができたのと同じことになる。
*DAC(Degital Analog Converter) デジタル信号をアナログに変換し、スピーカーでの再生を可能にする装置。
しかしそういうことをしていると、家人から「CDは必要ないのではないか?」と詰問される。しかし、そうはいかない。CDやLPにはジャケットというものがあり、CDやLPで音楽を楽しんできた世代のリスナーは、ジャケットのインパクトとともに音楽が耳にこびりつくシステムになっている。だからCDを捨てることなどできない。
次に重要なのが、ジャケットの裏に刻まれたライナーノーツ、メンバー表記などのデータだ。サブスクは便利だが、録音データは記載されていないことがほとんど。何年に録音され、どんなメンバーが参加したのかを重要視する人々にとっては、ジャケは音楽とセットで必要なものなのだ。
そう主張する私に再び「であれば、ジャケットを保管してCDは捨てれば良い」と身も蓋もないことを言う。「それではロマンがない」と返すと、「今の我が家には、ロマンよりも広いリビングが必要だ」という。うぐぐ。
長年の試聴形態さえ変える技術革新は嬉しいことだけれど、拙宅の音楽スペース問題はサブスクの登場によってより難しい局面を迎えることになってしまった。
text by Koichi Otomo
【筆者プロフィール】
大伴公一 | Koichi Otomo
(ミュージック・ソムリエ / 愛猫家)
立命館大学を卒業後、音楽専門誌ジャズライフの編集を経てブルーノート・ジャパン/モーション・ブルー・ヨコハマに勤務。2018年にはモントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパンのプロデューサーに就任。現在は文筆業の傍ら、ジャズ番組のナビゲーターや横濱ジャズプロムナードのプログラムディレクターも務めている。ミュージックソムリエ。