40代以上の方なら、“TMネットワーク”の「ゲット・ワイルド」はリアルタイムで耳にされている方も多いのではないでしょうか。シンセサイザーを多用したサウンドですが、今聴いても古くさいところがありません。
“TMネットワーク”は小室哲哉(kb)、宇都宮隆(vo)、木根尚登(g,kb)の3人からなる音楽ユニット。Jポップの人気が高まる機運を作ったユニットのひとつですが、94年に惜しまれつつも解散を発表しています(その後再結成)。
TMNサウンドの鍵を握っていた小室哲哉は、同時期にプロデューサーとして“TRF”や安室奈美恵などを手掛け、90年代後半の音楽シーンを席巻していきます。今にして思えば「小室ファミリー」が誘引したコギャル、カラオケ、DJなど周辺のムーヴメントは、音楽を軸にした社会現象だったといえるでしょう。
近年は国立研究開発法人・理化学研究所の研究員に就任。AIを駆使した作曲システムの開発を研究に着手しことでも話題となりました。
そんな中、彼の最新アルバムがこの7月にリリース。テーマはなんと“ジャズ”であったことに驚かされました。これは、2021年にファン・クラブ限定で発表されたインスト曲集(アナログ盤のみ)を、各種配信プラットフォームで利用可能としたもの。以前インタヴューで「中学時代にキース・ジャレット(p)に憧れた」という発言もされていましたが、自身の中に蓄積されたジャズ的な要素を凝結させた作品に仕上がっています。
冒頭の「トラフィック・ジャム」は、幾何学的なコンピングとベースラインが目まぐるしく交差するコンテンポラリーな楽曲。独特の疾走感とロマンチシズムが味わえます。他の楽曲も細部まで作り込まれていて、ここまでのインスト作品を小室さんが手掛けたことに驚くリスナーも多いのではないでしょうか。これまでの活動では作曲や作詞に目が行きがちでしたが、ピアニストとしての魅力を存分に味わえる作品になったといえるでしょう。
ちなみに、本作のテーマは「世界旅行」とのこと。コロナ禍でなかなか旅行も楽しめないからこそ、空想の風景を部屋でじっくり楽しむのはアリかもしれません。
大伴公一 | Koichi Otomo
(ミュージック・ソムリエ / 愛猫家)
立命館大学を卒業後、音楽専門誌ジャズライフの編集を経てブルーノート・ジャパン/モーション・ブルー・ヨコハマに勤務。2018年にはモントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパンのプロデューサーに就任。現在は文筆業の傍ら、ジャズ番組のナビゲーターや横濱ジャズプロムナードのプログラムディレクターも務めている。ミュージックソムリエ。