飲食店のウェブや広告を作るとき、地紋や差し色に青を入れることを避ける傾向があります。これは、視覚から入った情報により、脳が食欲の減退を促すためなんです。
それを利用し、食欲がなくなる青色のカレー……のような商品も出ていると聞けば、視覚からの情報が私たちの欲望を制御する一因であることがわかるでしょう。
目からの情報と同様に、耳から入ってくる情報も私たちの生活に大きな影響を与えます。老人ホームや病院の待合室ではハードロックはかかっていないのは、音楽が精神に作用し高揚や不安を促すことを避けるためです。それとは逆に、オルゴールの音色や静かなクラシックは心を落ち着ける作用があります。小児病院などでもよく耳にするのはそのためです。これらの例を見ても分かる通り、近年は日本でも、神経内科における療法のひとつとして「音楽」を用いることが定着してきました。
では、食欲を減退させる「色」があるのなら、食欲を増進させる「音」もあるのでは?
気温や照明の明るさ、食器の質感、人工密度……などなど、私たちが口に入れたものを美味しいと感じる外的要因は、意外と多くあります。そして、音楽や環境音といった耳から入る情報も重要なファクターになるのです。
気の置けない仲間と久々に集まって、居酒屋で乾杯……そんな時にクラシック音楽は不向きでしょう。反対に、陽が燦々と差し込むテラスでのティー・タイムではどうでしょう? バロック音楽を聴きながら優雅な気持ちになるかもしれません。このように、音楽が食事そのものに影響を及ぼすのではなく、「食事をしながら過ごす環境」を彩ると考えれば、シチュエーションに合った音楽をチョイスしやすいかもしれません。
USENの飲食店向けチャンネル。ジャンルや客層によってチョイスが細かく分かれている。
https://iot.usen.com/u-music/ch/search/#PAGELINK#PAGELINK
仕事も一段落して、久々に家でゆっくり楽しむディナー。いつもよりすこし高級なワインとチーズを買ってきて、深くソファーに腰掛ける——そんな時はジャズが最適だ。そう思って、こんな音楽をかけるとぶち壊しになること請け合いです。
部屋中にワインを撒いて生焼けのハンバーグをほおばりたくなるでしょう。では同じミュージシャンでも、こちらならどうでしょう?
こちらであればプライベートな空間にも、しっとりとした艶を与えてくれるのではないでしょうか。同じ「ジャズ」、同じ演奏者でも、これだけ印象が変わってくるものです。
音楽は耳から摂る栄養。自分の置かれているシチュエーションに最適なものを選べば、環境もガラっと変えられるはず。そうやって考えれば、日々耳に入る音楽や環境音も、また別の表情をのぞかせるのではないでしょうか。
大伴公一 | Koichi Otomo
(ミュージック・ソムリエ / 愛猫家)
立命館大学を卒業後、音楽専門誌ジャズライフの編集を経てブルーノート・ジャパン/モーション・ブルー・ヨコハマに勤務。2018年にはモントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパンのプロデューサーに就任。現在は文筆業の傍ら、ジャズ番組のナビゲーターや横濱ジャズプロムナードのプログラムディレクターも務めている。ミュージックソムリエ。